「瘋癲老人日記」谷崎潤一郎著

マイ本棚で隣に並んでいたので「鍵」に続きこの作品をUPすることになりました。
テーマは「鍵」と同じく老年期の性衝動でありながらも、「瘋癲老人日記」においては「鍵」で夫婦の日記という体裁を採っていたものが主人公の老人の単独手記と云う形態となり、主人公の年代も50代から70代へと加齢してじっさいの性行為は描写されていない。
いわばより純粋に観念的にそしてフェティッシュに進化(^^)しているとも言えるわけで、初読だった10代の自分はコチラの方がお気に召したとみえて、ところどころに傍線を引いたり、難しい単語に註釈を入れたり(例:ペデラスティーノ→男色のこと)してらっしゃる。
今回この2冊をパラパラ眺めてみて、「鍵」は読み返す気になったが「瘋癲老人日記」は読む気がしなかった。それはわたくしの実生活の壊れている性衝動と関わるのかもしれないしそのへんは詳しく述べたくないけど、70歳とかになったらまた逆転するのかもしれない。棟方志功さんの板画はやはり素晴らしいし、この中公文庫版はその3回目のときまで手元に置いておくことにする。
今日の傍線:全クソンナ資格ノナイ老人デアルコトヲ自分ミズカラモ認メテイルニ違イナイト、ソウ思ッテ世間ガ安心シテイルトコロガ附ケ目デアル。
20数年前、なんでここに傍線を振ったのか、よくわからない。
(昭和51年発行、昭和56年購入、中公文庫)
この記事へのコメント
私は母親が子供の頃から何かとチェックを入れたがったので、大事なことは頭の中に刻むようにしてました。
ふだんは本に書き込みを入れたりしないです。初読の自分には、不能の老人のめくるめくフェティッシュな価値観がよほど目新しかったようです。ちなみに、自分の場合、大事なことは机の引出しの裏に秘匿したノートに書き留め、ほんとうに大事なことはちんこにマジックで刻んで1日に5回くらい目に焼き付けてました。
ごめんなさいシモねたで。